まっさらの春
「春はさむいよぉ」
沙羅が言うと
「うん、さむいね」
阿部さんは答えた。
沙羅のうちは、京都の小さなお茶の家元で、阿部さんは住み込みの見習いさんだ。
「でもみんな、あったこうなったって言う」
阿部さんは笑って、
「それは冬を通り越したから。暑い夏が過ぎると、秋は涼しいって言うでしょう」
「そやね」
「さらちゃんは、季節をまっさらに受け止めてるのかな」
「・・・オヤジギャグやね」
阿部さんは笑い、沙羅も笑った。
その翌日、阿部さんはお茶の修行をやめて、東北の田舎へ帰っていった。
おうちに戻って、故郷で働くという。
北はもっとさむいにちがいない。まっさらにさむいかも。
でも、春が来たら、まっさらにあったかいかもしれない。
そう沙羅は思った。